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急に寒さがぶり返した週末。
”熱い”飲み物が美味しい1日でした。
朝からめずらしくひとりでモーニング。
土の手触りの、いかにも保温効果が高そうな焼き物のカップで熱い紅茶をいただく。
”ミルク”はもちろん牛乳。それも温められたものがピッチャーにたっぷり添えられて。
1日が気分良く始まる。
あちこち用事の隙間には熟練マスターの珈琲店へ。
熱々のカフェ・オレにマスター手作りのサーターアンダギー。
後から入ってきたご高齢の男性が、慣れた手つきでテレビのリモコンをつけ、WBCを観ている。店内にある暗黙の作法、節度。
日が暮れかけた頃、HONBAKO北堀江店で黄金色に輝くほうじ茶をいただく。
Google map片手にウロウロした寒い体に沁みわたる。あぁ落ち着く。知っているひとのいつもの笑顔。歓迎してくれる。嬉しいきもち。
その後ホトリヲさんに行く。
あさちゃんの読書会。3時間も読んでいていいそうだ。黙々と。みんなおひとり様。
読んでいると、心底優しい風情の店主さんが熱い熱い紅茶をそっと置いていってくれた。
あさちゃん手作りの豚汁と梅おにぎりまでいただけた。しみじみ、しみじみ美味しい。
寒い日は熱いものが飲みたい。食べたい。
それがこんなに一度に実現した日には、もう身体がふにゃふにゃになるほどに幸せだったのである。
要するに我々喫茶店というのは地域のコミュニティというものがないと生きていけない商売でもあるわけ。味の仕事という意味においても、その地域のひとに怒られたりして切磋琢磨していかないと、成長していけない仕事でもある。でも今は皆「どうだオレの珈琲は」とか「美味いだろうオレの料理は」とかマウントしながらやっていくのが普通になっていってる。でも僕の知っているかつての喫茶店は、常連に「今日の珈琲、薄いなぁ」とか「冬やのにぬるいなぁ」とか怒られたりしていたもんだよ。熱くすると珈琲の味は崩れる。でも寒くって震えている人に「美味いから」ってぬるいものすすめても、客からすれば「こっちは寒いんだよ」っていう話でしょう。その時にわれわれは味を追求して珈琲の勉強をしてきたとしても、絶対にぬるいものを出しちゃだめなの。そういうことを叩き込んでくれる先輩や師匠は非常にレベルが高くていい店を経営されている。
『喫茶店のディスクール』 オオヤミノル
同業者として日々目指す地点であり、商いの原点であると思う。
かたや、昨今の、何でもないオムライスに何らかのストーリーや付加価値をのせて売る方法論(読んでいないので内容が違ったらすみません、書名は控えます)、戦略ありきの販促指南、安易で空虚な言葉の粉飾合戦。
巧妙な”権威”に知らぬ間に従属し、加担すらしている日々の自分を省みる。
小さな商いだからできること。
なくしちゃだめだと思う。
『喫茶店のディスクール』 誠光社
https://seikosha.stores.jp/items/63a2b88fbcc6a03cf9f353d1
京都にある「オオヤ珈琲焙煎所」オーナー、オオヤミノル氏による、ディスクール(言説)集。社会的視点から見る喫茶店経営のありようを独自の感性で捉えた、ある種のビジネス本。(と私は思っている。)
やっと来れたわ、と笑ってくださるお顔を見ると、ああほんとに私幸せと思います。 煮たたせないように、ぬるくないように、お鍋とにらめっこしながらお出ししたものを受け取ってくださっていることを知る、好きなものを共有できる。素晴らしくありがたいことです。 自分が至らないことを知りつつ、日々の暮らしをひとつひとつ丁寧に積みあげていきたいと思います。