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ベストセラー本『嫌われる勇気』は、心理学の巨匠の一人アドラーの考え方を現代風に置き換えてエッセンスを紹介している本です。発行されたのは2013年なので、すでに13年くらい経過していますが、いまだにAmazon自己啓発本ランキングで4位に入っているという驚異の一冊です(2026年2月26日付)。『哲人』と『青年』の二人の対話をメインに、物語風にアドラーの考えを紹介していくというスタイルも読み進めやすく、世間に広く受け入れられている要素なのかなと思います。
私も発刊されてすぐに「なるほど~」と唸りながら読んで「ほんまにその通りやわ~」と納得することもたくさんありました。でもね、何事においてもそうなのですが、「分かる」と「できる」の間には大きな山(もしくは壁、あるいは谷)があります。
★課題の分離は難しい!?
私にとって、とくに難しかった(大きな山だった)のが『課題の分離』です。
哲人:われわれはみな、対人関係に苦しんでいます。(中略)前回、あなたはいいましたね?もっと具体的な方策がほしい、と。
私の提案は、こうです。まずは「これは誰の課題なのか?」を考えましょう。そして課題の分離をしましょう。どこまでが自分の課題で、どこからが他者の課題なのか。冷静に線引きするのです。
そして【他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない】。これは具体的で、なおかつ対人関係の悩みを一変させる可能性を秘めた、アドラー心理学ならではの画期的な視点になります。
ー嫌われる勇気 岸見一郎/古賀史健 ※1【 】内は原文で太字
この哲人のセリフの後、青年は激しく抵抗します(この青年は何かにつけすぐに激しく抵抗します・笑)。<理屈としてはまったく正しいけれど、自分と誰かの間に境界線を引くことは正しいのか?自分のことを心配して声をかけてくれる他者の手までも「それは介入だ!」とするのは絆を分断する行為だ>と。
ここでまた私はまったく青年の言う通りだと思うわけです。ああ、難しい。でも『これ(課題の分離)はやってみる価値のあることだ』という予感がしたんですね。とくに私みたいに誰かをケアすることを仕事にしている人にとっては、これはきっと大切なことなのだろう、と。
★大切な人のこと
この『課題の分離』がなかなか腹落ちしないまま、10年くらい経ってしまったのですが、ある日、「もしかすると、これが課題の分離というやつか!?」という体験をしました。
詳しくは書けないのですが、私には完治が難しい全身性の病気を患っている大切な人がいます。その人との関係で、この『課題の分離』を体験しました。
家の中では自立しているのですが外での仕事は難しく、その人は長い間、それこそ何十年もの間、自宅で療養生活を送っています。彼女は治療薬に対する不信感が強く、現在も積極的な治療を受けていません。かれこれ10年以上前に、先進的な治療を勧められ、その時の服薬で生命に関わるような重篤な副作用が出てしまった経験があるので、それ以降、薬には拒否的なのです。
なので、徐々に病気が全身に進行して、生活上でやりにくいことや出来ないことが増えてきています。その姿を見るのがつらくて、私は時々、やりきれない気持ちになります。眠れない夜に彼女のことを思うと涙が出てきます。まだ若い彼女が私よりも先に死んでしまうのではないか、と時々恐怖に襲われることもあります。でも、彼女は治療を拒否し続けています。
ある時、彼女がひどく体調を崩したタイミングがあって、私は「10年以上前と今とでは医学も進歩しているし、昔よりも良い治療法があるかもしれないよ」と、自分が調べたいくつかの資料を手渡しました。余計なおせっかいであることは承知の上で。すると、妙に重苦しい空気が二人の間に流れ、いつもは穏やかな彼女が腹立ちをあらわにして「放っておいてよ!」と私の関わりを拒否したのです。私はどうしたらいいのか分からなくなってしまいました。
★私にできることって何だろう
私はとても傷つきました。でも、それ以上に「放っておいてよ!」という彼女の傷ついた表情が気にかかりました。この時、私の中でアドラーがいう『課題の分離』が脳裏に浮かんできたのです。
治療を受ける/受けないのは、彼女の課題
彼女の選択とその後の状況を受け入れる/受け入れないのは、私の課題
私が本当に彼女のことを大切に思うのであれば、彼女が治療を受けようが拒否しようが、その彼女を丸ごと応援するのが私の課題(私にできること)なんじゃないの?と思ったんですよね。<自分の選択による結果をみずから引き受けようとする彼女>をサポートするのが、私のできることなんだよなぁって。だって、私は彼女の代わりに薬を飲むことはできないんですから。
これが彼女がまだ子どもで、情報が足りていなくて、多様な選択肢を持つことが困難な場合は、いろいろな情報を提供したり、一緒に考えたりする必要があるけれど、彼女は一人の大人で、しかも私よりもずっとその病のことに詳しくて、誰も知らない 彼女だけの体験をたくさん積んできているわけです。その上で彼女は自分の課題を自分のやり方で全うしようとしている。
そのことに気づいた時、私は彼女の選択に無関心になるのとは真逆の方向で、彼女のすべてを受け入れて、応援しようと思ったのでした。そして、ここで気づいたことが『課題の分離』体験だったのかもしれないと思ったのです。
それ以来、<彼女に元気でいてほしい気持ち>と<治療を拒否する彼女を受け入れる気持ち>とが矛盾なく私の中にあるし、彼女との関係がとてもスムーズになった気がしています。いったん課題を分けて考えられたことがその大きな要因かなと思うのです。今でも時々、泣いちゃう夜はありますけどね。
★バウンダリーの考え方
もう一冊、いま私が読み込んでいる本があります。それが『わたしはわたし。あなたじゃない』というタイトルの本です。
さて、【バウンダリー】とはいったい何でしょうか?ひとことで言うと【「わたしはわたし」「あなたはあなた」という心の境界線】です。
ーわたしはわたし。あなたじゃない。 鴻巣麻里香 ※2【 】内は原文で太字
この引用文の続きには「自分のことは自分が決めていい」の小さな積み重ねでバウンダリーが守られていく、と書かれています。本当にシンプルな、それだけのことなんですが実際にはうまく飲み込めずに、誰かとの境界線を無自覚に踏み越えて関係を複雑にしてしまいます。私と彼女の間に起ったことのように。
この本もすごく面白いのですが、極端に短い抜き書きをしてしまったので「それって自分勝手とどう違うんだよ」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも長くなってしまったので、話の続きはまたの機会に。
※1 嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え:岸見 一郎/古賀 史健,ダイヤモンド社.2013
https://www.diamond.co.jp/book/9784478025819.html
※2 あなたはあなた。わたしじゃない。 10代の心を守る境界線「バウンダリー」の引き方:鴻巣麻里香,リトルモア.2024
https://littlemore.co.jp/isbn9784898155943
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