ケアのバトン ~その3 「分からない」って言ってもいいですか~
どうしても私たちは「予測できる」という前提で相手と関わってしまいがちです。「思い」が「支配」になりやすいのです。利他的な行動をとる時には、とくにそのことに気をつける必要があります。 そのためにできることは、相手の言葉や […]
HONBAKO北堀江とコーヒー
ちょっと出かけるついでがあったので、前から行きたかったHONBAKO北堀江に行ってきました!店長なっちゃんの笑顔に出迎えてもらって、本箱を一つひとつ見せていただきました。いろいろとお話を聞かせてもらっている時に、箱主さん […]
ケアのバトン ~その2 トイレットペーパーは生えてこない~
環境はうまくいっているときには忘れられて、失敗したときにだけ思い出される。親というものが子どもから感謝されないのはそのせいです。-「雨の日の心理学」東畑開人※1★誰も感謝してくれない 「私がやっていることは当たり前になり […]
ケアのバトン ~その1 生成AIに相談する時代~
皆さん、こんにちは。HONBAKO堺本店で<ここすこ文庫>の箱主をしている山崎勢津子です。<ここすこ文庫>ではおもにケアやメンタルヘルス関連の本を並べています。こちらでは『ケアのバトン』というタイトルで、身 […]
せつこさんの「ケアのバトン」の投稿を読むと、いつも胸がいっぱいになります。 身近に起きる具体的な事例に、うんうんそうそう、と頷きながら、引用されるテキストを読むと、すとんと腑に落ちていく。 効率を重視すれば必要がないように見えること。 論点からそれてしまった無駄に思える会話。 一見、必要がないと思われる手間や心遣い。 毎日生活をしながら、仕事をしながら、感じることがたくさんあります。 『入り乱れた会話とみるか、余地のある会話とみるか。』 『「1人じゃない」と感じられることって、人が生きていく上で、すごく大切』 せつこさんの言葉を思い出しながら、私にできることを考えていきたいです。
ここで文章を綴っていると、私は「おせっかいが過ぎるのではないかな」と心配になってきますが こんな風に感想をいただくと、ちょっとホッとします。 なんなんさん、いつもありがとうございます♪
旅は道連れ、世は情け… いい言葉ですね。 人は、自分が生き延びることに精一杯で、他人をかまっている余裕がないのが常です。 けれど、誰かのケアをするということは、回り回って自身をケアすることにもつながっていく、とも思います。 ケアをどうバトンしていくのかに正解はなくて、ましてや必ず結果のようなものが出るとも限らないわけです。 それでも、ケアを”試みる”ということ。 そこに人と人との関係に誠実さが宿り、微かな希望が生まれるのではないか、そう思います。
就職したばかりの頃、「私は患者さんに癒されてばかりいる。私が患者さんたちを癒す立場なのに」と先輩に打ち明けたことがあります。 その先輩からは「癒しって双方向で生じるものやから、あなたが癒されているってことは患者さんたちも癒されているよ」と言われました。 りつこさんからのコメントを読んで、その先輩の言葉の意味を知りたくて(自分の言葉として咀嚼したくて)、ケアの現場で頑張っていた頃のことをふと思い出しました。 ありがとうございます!