「HONBAKO」がはじまる、その前のこと
人生が変わった出会いもうすぐ50歳になる…40代が終わろうとする時、私は、得体のしれない不安にとらわれていました。具体的な困難に直面していたわけではありません。日々アレコレあるものの、ごく平凡に、平和に暮らしていたのです […]
ウサギ年、A型、おとめ座。食べることが好きです。
小学生の頃、図書室は、ほっと息ができる場所だったし、今でも本が並んでいる場所に、なんとも言えない心地よさを感じます。
子育てをきっかけに絵本の世界にはまり、小学校図書館司書や読み聞かせボランティアをしてきましたが、「娘である自分」「母である自分」「妻である自分」など、自分の肩書きが誰かの何かであることに疑問や不安を持つようになった40代半ばから様々な仕事を経験し、50歳の転職が人生で大きな転換となりました。その後、縁あって「シェア型書店HONBAKO」の立上げに参加、店長として本のお仕事に戻って来ることになりました。HONBAKOでは、本、人を通して、人生を噛みしめています。
ドキリとするタイトル。結婚も35年を超えると、夫婦の関係性も変わってくる。「愛の適温」って…姫路網干にあるシェア型書店「本と酒 鍛冶六」さんで見つけた新刊。鍛冶六さんがシェア型書店を始めようと思ったきっかけが、HONBAKOだったという、とってもありがたいご縁がきっかけで、温かい交流を育ませていただいている。以前、鍛冶六さんが新刊の取り扱いを始めたと聞いた時から気になっている、百万年書房さん「暮らし」シリーズの1冊。(おもに)詩人である 向坂くじら さんのエッセイ。とにかく表題のインパクトと本の見返しに書いてある「暮らしより大切なものがある人間は、いかにして暮らせばよいのだろうか」という文...
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人生が変わった出会いもうすぐ50歳になる…40代が終わろうとする時、私は、得体のしれない不安にとらわれていました。具体的な困難に直面していたわけではありません。日々アレコレあるものの、ごく平凡に、平和に暮らしていたのです […]
僕とだれかの適温。それは“距離”とはまた違うのかなぁと考えてみて、そういえば「スープの冷めない距離」というのを思い出しました。 「温かいスープを冷まさずに届けられるくらいの近さ」というのは、お互いの立ち位置やタイミング、これまでの関係性によっても変化して、それは近くなったりすこし遠くなったりするんだろうなぁ、と。 夫婦の温度感、今のところいい感じと思っています。ほかのSNSで「別居中の夫」と書かれてる身分ですが、、実はもうとっくに適温を見逃してて、首の皮一枚でしょうか、、
「距離」と「温度」 人の関係性において、密接に関係していて、それでいてちょっぴり別軸に存在するような気もします。 距離には心理的、物理的な両面があるけれど、温度は包括的なような。 夫婦、親子、友達… 近くにあっても、熱いわけではなく。 遠くにあっても、冷たいわけでもない。 「適温」って絶妙な表現だなぁ、と、思いかえしてみて、つくづく感じています。 熱いからいい訳ではなく、もちろん、たがいの適温もちがう。頃合いなんでしょうね。 別居中wと書かれる関係はきっと、心地よい温度なんでしょう。