その日もいつもの朝と同じだった
タイトルの文は、以下の本の8ページに記載のある一文である。「ときどき旅に出るカフェ」/近藤史恵/双葉文庫この一文はよく使われるものかと思うけれど、この本も含めてネガティブな意味で使われることが多いように思う。毎日同じこと […]
わたしは「運ばれ」てHONBAKOに出会った
昨年末に、HONBAKO堺本店で箱主さんが開催されたイベントで、作家の高島亮さんとお会いする機会がありました。新刊『「運」のミカタ』をご紹介され、サインをいただいたのですが、本書によると、「運」には良し悪しはなく、いろ […]
「“ある”を感じる」ことが「引き寄せの法則」の真理
皆様は「引き寄せの法則」という言葉を聞いたことはありますでしょうか。スピリチュアル界隈でよく使われる概念ということもあり、賛否や好みが分かれる分野かと思います。わたしはこの概念に興味はあったものの、数年前までは本当に「引 […]
「陰キャラ」だったわたしが「可愛い」と言われるまで
目立ちたくない。華やかな人が怖い。わたしと友達になってくれる人なんて少ない。可愛いものなんてわたしには似合わない。わたしは綺麗にはなれない。わたしはそんな高校生でした。自分のことを好きになれなかった。本当は可愛いものが好 […]
「愛」だと信じて疑ってなかったことが、じつは「執着」だった、というのはままあるような。 (心当たりありw) 「この世で起きている全ての出来事は、事実としてではなく、解釈をとおして個人の中に取り込まれていく。」この一文、すごく納得です。 親子、家族、友人、恋人などなど。 対峙する者の認識のズレ(解釈のズレ)が、関係性に大きな影響をあたえるというのは、本や映画にもよくあること。 古今東西に共通するモチーフなんですね…
解釈のズレが関係性に大きな影響を与える。 確かに。。。って思いました。 わかり合えない相手でも、悪気がある訳ではないこともわかっている。だけど、感情としては 「許せない」という強い反発になる。 人間関係の問題って、そういう小さな反発から起こるのかなと思います。
自分が大切にしたり、手をかけ愛おしく思っているものを、軽んじられたり破壊されたりすると悲しい気持ちになりますよね。めっちゃよくわかります。 僕はひとからよく「執着がない」って言われるんですが、悲しい気持ちになるのをあらかじめ避けて「執着しないようにしてる」節があるって気がします。 僕の場合だと、大切にしてるもののなかには3人の子どもたちや、自分が創り育ててきた小さな事業などがあります。 自分が生み育てたといっても(見守りはするし手をかけ続ける覚悟はしてても)いつまでも「自分だけのもの」としておくことは出来ない性質のもので。なので出来るだけ早い段階から執着しないよう〝よそ見〟をするよう心がけてきました。 それが「愛」なのかどうかはわかりませんが、少なくとも相手のことを「信頼」しています。やれることはやってきたし、これからもずっとやっていく。そのうえで手を離し、自分の愛した相手を、物事を「信頼する」みたいなことかと。 「冷たい」とか「薄情」みたいに言われることもあるけどね。それこそ「愛」の持ち方はひとそれぞれなんじゃないかなぁって思っています。
「オトナな在り方!」って思いました! 「執着」と「愛」は似て非なるものだという認識でしたが、「執着」しないための「愛」というものもあると気付きました。 悲しい気持ちになるのを避けるため、というと自分のための「愛」のように聞こえますが、結局相手への「信頼」が「愛」の本質だったりするのかもですね。